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207系


207系の紹介

1章…103系の置き換えその1

 207系の歴史はというとまず1991年に7両固定の量産先行車を川崎重工・近畿車輛から落成します。その試作車は片町線に投入される。同年に量産先行車である0番台が登場し同線の103系の置き換えが本格的に始まった。その後福知山線にも投入された。この時の編成はTc-M−M'-Tc’、Tc-M-Tc'という編成で4両+3両の7両で運行された。そして3年後今度はJR神戸線・JR京都線にも投入されました。しかしこの投入された207系は0番台とはモーターの出力などが異なっていることから1000番台とされているこの時の編成はTcM−T−M−T−M−Tc、TcM−T−M−Tc、TcM−T−Tc、TcM−Tcという編成で6+2両、4両+3両という編成で運行されました。これにより多くの103系が姿を消すことになりました。

2章…JR東西線の開業に向けて

 1996年より207系の動きが最も激しくなりややこしくなる。それはというとJR東西線開業に向けてに合わせた動きだ。207系0番台7両Tc-M−M'-Tc’+Tc-M-Tcでの編成では出力が低すぎてJR東西線での急勾配に対応できないため0番台3連を4連化にする編成組み換えの動きが始まった。。まず1000番台の6両を4両、2両を3両にするため6両の−M−T−が抜き出される。次にT車の方を2両編成に組み込み3両にします。そして余ったM車を0番台3両に組み込みました。しかし、それでは2両が不足するためわざわざM車2両を新造しました。この編成が今の207系H編成になります。そして1000番台はダブルパンダグラフ化がなされました。

3章…103系の置き換えその2

 2001年JR神戸線・JR京都線を走る103系を全編成撤退させるため1000番台とはシステムなどが異なる2000番台が登場した。さらに翌年ガラスが緑がかったのが特徴の2次車も登場した。落成当時は4両+3両固定でJR東西線・学研都市線には運行されずJR神戸線・JR京都線を201系・205系とともに運用してましたがすぐに4両、3両もばらされて0番台、1000番台と同じ運用に入りました。そして207系によるスピードアップ化がなされ207系全車両にヨーパンダの設置等され最速120km/hふるに出して走行を始めました。

4章…福知山線脱線事故

 2005年4月25日に起きた福知山線脱線事故の影響で0番台Z16編成と1000番台S18編成が廃車になることになりました。また塗装も事故の遺族に配慮して変更されました。スピードアップの裏には思いもよらぬ落とし穴がありました。安全な鉄道になることを願います。


207系写真集

207系運用表

207系編成表

207系の音

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